『右目』 たちが客室に戻ってきたときには、時刻はすっかり深夜の域に入っていた。室内に入るなり大口を開けてあくびをしたフェンリルが、ついでに愚痴もこぼす。
「ったく、いつまで酒盛りに付き合わせる気だ。いったい何時だよ。……あァ? もう一時前っ? おいこらバカキング、少しはヒトの迷惑考えろっ」
 しかし顔色ひとつ変えず、バカキングことキング・カトルディーナはソファーにどかりと腰を据えた。
「チビが無駄に粘るからだ。文句なら向こうに言え」
 歓迎の晩餐会が催された広間は、今ごろ酔いつぶれた城主の介抱で忙しいのだろう。もはや荒らしたと言ってもいいレベルの惨状に申し訳なさを感じないわけではないが、別視点から見れば自業自得である。どうしようもない。
 ひじょうに満足そうなキングの様子に思わず苦笑を漏らすと 『右目』 は、しばらくの間ならばほうっておいても大丈夫だろうと判断し、己の仕事に意識を切り替えた。傍を離れて部屋を見回る。
 ここ、クロスターク城は、けっして平和な場所ではない。カトルディーナとは事情が違うものの、こちらも王位を巡る騒動の多い国だ。いかにクロスターク王が人格者で王たちの関係が良好だと言っても──いや、むしろだからこそ、彼の失脚を狙う者がキングを標的に定めることが考えられる。
(家具の位置は変わっていない。置物を動かした様子もない、か。誰かが入ってきた跡はあるが、これはたぶん女官だろう)
 晩餐会の前後で変わったのは、水差しの中身が足され、使用したグラスが片付けられて代わりに新しいものが用意されたことだけのようだ。そこに毒が盛られている可能性もあるが、それは使うときに気をつければいい。
 室内は異常なさそうである。判断し、次は窓に近寄った。外の様子に異変がないか確認する。
(…………?)
 手入れの行き届いた広い中庭の奥に、人影がよぎった。ほとんど一瞬で物陰に隠れてしまったが。
(……今のは、ライド殿……?)
 少なくない回数会っているから見間違えたとは思わない。なのに断定できないのは、外が暗くて遠目であったために顔をはっきり視認できなかったせいもある。が、それよりも彼から伝わる気配が気になった。自分のよく知る穏やかな人物像からはあまり想像できない、異様で──首の後ろの産毛が逆立つような──
「どうした、 『右目』」
「──!」
 呼びかけで我に返った。
 集中していた自分に気づく。今の胸中は、まるで──暗殺者と対峙したあとのようだ。遅ればせながら汗がにじむ。
(なんだ、今の……?)
 ライドはこの国の副宰相である。ゆえに、彼が優しいだけの人間でないことくらいは百も承知である。しかしライドはただ庭を通っただけだ。彼以外の人の気配を感じなかったことを考えても単独行動中なのは間違いないだろう。だというのに、遠くから見ただけでここまでの緊張を強いられる意味がわからない。
「『右目』?」
 再度フェンリルが声をかけてきた。キングの視線も感じる。
 ──話すべきだろうか。
 考え、 『右目』 は意識して腹から力を抜いて主君らを振り返った。頬を緩める。
「なんでもありません」
 きっと、ライドは極度に不機嫌だったのだろう。飲酒量を自制できなかったクロスターク王か、わかったうえで煽ったキングへの苛立ちが原因だ。もしかしたらそれとは関係ないところで問題が発生したのかもしれない。なんにしろ、相手は一国の副宰相を務める人である。ならばクロスターク城内でのことは彼の管轄。自分の出る幕ではない。
 主君たちの表情には不納得の色が見える。こちらの隠そうとする意志を見抜かれている。しかし 『右目』 はあえて気づいていない振りをして、カーテンを閉めた。

          *

 翌朝。
 支度を手早く終えて主君の寝室に入ると、キングがめずらしく着替えを済ませて煙草をくゆらせていた。腰掛けている場所こそベッドだが、しっかりと起きた顔である。別に時刻が遅いわけではない。普段から比べたら早いくらいだ。なのにこの時間にきっちり起きているということは、彼も気づいているのだろう。すなわち、城内のざわめきに。
 現在地は国賓が泊まる客室である。城内の雑音からは遠い場所であるはずだ。なのにここまで──自分たちが常人の貴族たちより気配に敏感であることは除いても──動揺が伝わってくるのは、あまり良い状況とは思えない。
 『右目』 は途中で足を止めると、主君の蒼眼を見やった。
「様子を見てまいりましょうか」
「ほっとけ」
 面倒くさそうな呟きを、彼の膝の上で尻尾を揺らしているフェンリルが継ぐ。
「わざわざこっちから行かなくても、そのうち──」
 彼の大きな耳がぴくりと動き、
 ──コンコン。
 扉をノックする音が響いた。不敵に笑うフェンリルがドアへと顔を動かす。
「向こうから来てくれる、ってな」
 入室の許可を出すとすぐに扉が開いた。入ってきたのはライドだ。
「おはようございます。よくお休みになられましたか?」
 人好きのする笑顔を向けられたキングが、灰皿に煙草の灰を落とす。
「目ェ覚めたとき聞こえてきたのが鳥の声とかなら、気分良かったんだろーがな」
「……やはりお気づきでしたか」
「近くでこれだけバタバタやられたら、気づかねえほうがおかしいだろ」
「はは、耳が痛いですね」
 気安い調子で笑った副宰相はしかしすぐに意識を切り替えて、よく見る落ち着きのある微笑になった。
「カトルディーナ陛下の寛大な度量を見込んで申し上げます」
 ここだけの話にしろ、との牽制を口火に忍ばせ、続ける。
「昨夜、城内に何者かが侵入いたしました。我が国の貴族がひとり、犠牲に……。現在調査中ではありますが、手口から見て暗殺者の仕業と見て間違いないようであります」
「犯人は見つかったのか?」
 フェンリルの問いに、ライドが横に首を振る。
「残念ながら……。城内に潜んでいる可能性も考え、騎士団を捜索に当たらせております」
「だから騒がしいのか」
「まことに申し訳ございません」
 謝罪の意を込めて頭を下げたライドだったが、その表情は変わらない。揺るがない。
 すると、煙草の煙をひと吐きして、キングが口を開いた。
「今日の会談はどうする気だ」
「状況次第ではありますが、予定通りおこなうつもりでおります」
 返答に対し、くわえた煙草をひょこりと動かす。
「だったら、身内が殺されたからっていつまでもヘタレてんじゃねえぞ、ってチビに言っとけ」
 王の悪態に、
「無用のご配慮かと思いますが、耳に入れておきましょう」
 慇懃無礼寸前の台詞でさらりと返す副宰相。
 いつものやり取りをそれぞれの表情でおこなうと、ライドが一歩後退した。
「それでは御前を失礼いたします。状況が変わりましたらご報告に窺いますので、どうぞおくつろぎください」
 一礼を残し、退室する。
 表情も身のこなしも見慣れている副宰相のものだった。それでもやはり、昨夜見たものが脳裏をよぎる。
(……ライド殿は、ほかにもなにかご存知なんじゃないのか?)
 勘が働くとともに危険信号も感じるが、引き下がっては納得できないものが残る。それに、状況を少しでも多く把握して主君の安全を護るのが自分の役目。ならば自身の危険を恐れる理由はない。
 『右目』 はキングを振り返った。
「陛下。ライド殿にもう少し詳しい状況を聞いてまいります」
「いいから、ほっとけ」
 先ほどと同じ台詞に、しかし 『右目』 は目を伏せた。
「いえ、陛下の御身をお護りするため必要ですので」
 呆れ顔のキングに一礼して廊下に出た。すぐに痩身の後姿を見つけると、小走りで向かう。
「ライド殿っ」
 足を止めて振り返ってくれたライドが、にっこりと微笑んだ。
「どうなさいました?」
「お呼び止めして申し訳ありません。もう少し詳しい状況を教えていただけないかと思いまして……。具体的には城内のどちらで事件が起きたのでしょうか。進入経路の特定はどの程度まで終わっているのですか?」
 するとライドは、近くに立つ近衛騎士たちを気にするように視線を走らせたあとで足先を進行方向に戻した。
「本当に忠実な方ですね。ですが、有益なお話はありませんよ」
 歩き出した彼の後ろにつく。
「有益かどうかは俺自身が判断します」
「それはそうですね。失礼。ですがやはり、お話できることはカトル陛下にご報告させていただいたことだけなのですよ。ですから部屋で待っていていただけませんか」
「…………。本当に、判明していることはあれだけなのですか?」
 問うたその瞬間、ライドの気配が一瞬、髪の毛の先を揺らす微風程度だが、変化した。
「そうですよ?」
 笑い混じりの返答は、いつもとなにかが違う。やはり彼はなにか知っているのだ。知っていて隠そうとしている。ならば、事実を引き出す鍵は、おそらく、ひとつ。
 『右目』 は腹に息を詰め、その言葉を口にした。
「昨夜、部屋に戻ったあとで、庭を歩いてらっしゃるライド殿をお見かけしました」
 曲がり角に差し掛かったところで、ライドの足が止まった。
 背後で 『右目』 も立ち止まる。
「クロスターク王のお世話をしてらっしゃるものだと思っていたので、驚きました。ずいぶんお急ぎのご様子でしたね。どこへ行かれていたのですか? それとも……どこかからお戻りになるところでしたか?」
 刹那、
(…………ッ)
 『右目』 の指先が反応した。
 ──条件反射だ。 『それ』 に無意識レベルで反応できなければこの世界ではやっていけない。できなければ遅れを取る。後手に回る。だからこその反応だ。が、一瞬だけで衝動を抑えられて良かった。もし負けて剣に手をやっていたら国際問題に発展しかねないところだ。
 『右目』 は意識して全身の力を落ち着かせた。剣を触る寸前で止めた手を拳にする。代わりに、まっすぐに注視した。細くすら感じる背中を。
 レウ・ライド。クロスターク国の副宰相兼、外交政策最高責任者兼、国王補佐官。若干二十七歳にして周辺諸国に名をとどろかせている政治家。天才とも鬼才とも呼ばれる無敗の策士。そしておそらくはこれが、傭兵から王の片腕となった男の本性、その一端。
(これだ、夜に見たのは……。見間違いじゃなかった)
 飲まれてはいけない。飲まれるつもりはない。 『右目』 は奥歯を噛みしめる。
 見据える 『右目』 の前で、剣を抜く衝動を与えた 『それ』 ──殺気をちらつかせるライドが、わずかにため息をついた。
「しばらく見ないうちに、ずいぶんと身の程をわきまえない人間になったものですね」
 振り返った彼のその表情は、今までに一度も向けられたことのない冷淡なもの。
「あなたの問いに答える義理はありません。部屋にお戻りなさい、王の右目」
「お断りします」
 廊下に差し込む朝の光に照らされ、薄いフィンチがほのかに輝く。その向こう側で、ライドがゆっくりと目を細めた。
「……なにか、勘違いをしていませんか?」
 表情と真逆の優しい声が緊張感を増幅させる。
「クロスタークはカトルディーナの敵ではありません。ですが、未来永劫味方であると約束した覚えもありません。今はカトルディーナと同盟を結んでいるほうが得だから仲良くして差し上げているのです。……旨みがなければ、北の小国などに用はない」
 口角を吊り上げただけの笑みは侮蔑と皮肉に満ち、双眸はその底を読ませない。
「わかりますか? 私はね、あなたの身内ではないのですよ。国の内部情報を話す理由がどこにあるというのですか」
「誤解です」
 視線を逸らさず、 『右目』 は弁明を試みる。
「クロスタークの深部に入り込むつもりはありません。ただ主君を護るために必要な情報を頭に入れておきたいだけです」
「入り込むつもりはない? その言葉があなたの無知ぶりを証明しているのがわかりませんか。呆れますね」
 静かに吐き捨てる大国の副宰相。
「恥を知りなさい。そしておとなしく引きなさい。あなたでは力不足です。そもそも、他国の、一介の護衛騎士ごときが、情報戦で私と渡り合おうとするなど……思い上がるにもほどがある」
 普段の笑顔や童顔と細い体からは想像できない迫力を背負って、ライドが 『右目』 に正対した。
「それでもまだ探るというのならば、私にも考えがあります」
 声をワントーン落とし、一歩。
「……誰かを殺そうとするならば、誰かに殺される覚悟をしなければならない……」
 暗く微笑み、 『右目』 との距離を縮めてくる。
「それと同じように、相手の腹の内を探るのならば、己の内側を暴かれる覚悟を決めるのは当然のこと……。私は相手の弱点を見逃してやるほど、お人よしではありませんよ」
 とん、と胸に突きつけられる人差し指。
「『右目』 殿。あなたは、古い疵(キズ)を抱えているのでしょう? 今も鈍い痛みを放つ、後ろ暗い過去を」
「── !?」
「どれだけの人間が、あなたの隠し事を知っているのか。……その疵に利用価値を見出す人間が何人いるか、興味はありませんか?」
 怒り交じりの恐怖に震え、 『右目』 は反射的に飛び退いた。
(まさか俺のことを知ってるのか? どこまで……っ?)
 絶対に隠さなければならない過去。他者に知られてはならない事実。それを掴まれている? どこまで詳しく? いつから?
 満足げに、そして馬鹿にするように、ライドが嗤(ワラ)う。
「どうしました? 手が震えていますよ」
 再び指先が引きつりだす。剣に意識が向く。
 剣での勝負ならば彼に負けるとは思わない。十戦中九回は勝てるだろう。しかし相手が他国の高官である以上、絶対に抜くわけにはいかない。おそらく彼はそれをわかっていて利用している。だからといって過去を知る人間を放置して逃げ帰るわけにもいかない。
 手詰まりだ。
(どうすれば──、……?)
 唐突に、ライドの真後ろに男が現れた。突然すぎて混乱したが、単純に曲がり角から出てきただけだ。服装を見るにクロスタークの騎士のようである。
 『右目』 の視線が背後に逸れたことに、ライドが気づいた。
 その目に疑問が浮かぶと同時に男が軽くかがむ。
「うりゃ」
「な、にゃっ」
 ライドが妙な声を上げて膝から崩れた。どうやら膝裏を押されたらしい。
「大成功~」
 気楽すぎる男の声を聞くなり一瞬にしてとんでもない怒気で身を包んだライドが、少し怖い。
「…………」
 すると、そのライドがわずかに一呼吸。一挙動で立ち上がり、体ごと後ろを振り返った。拳をぷるぷると震わせる。
「……ジェス……っ、気配を消して俺の背後に立つなって、何度言ったらわかるんだっ」
 わかりやすい怒りの感情に続き、一人称も言葉遣いも変わっていた。戸惑わずにはいられない 『右目』 をよそに、ジェスという名らしい騎士が少し距離を空けながらとぼけた表情になった。
「いやーん。レウちゃん怖い」
「ちゃんづけするな、気色悪いッ!」
 ハイスピードの回し蹴り。
 重い音を立てたそれを難なく受け止め、ジェスが苦笑いをする。
「はいはい。いい加減、そのトラウマ克服しよーな。それよりお前、なんも知らないお客さんをいじめてどうすんの。駄目じゃん」
「………………」
 口ごもったライドが、しぶしぶながら足を下ろした。
「お前には関係ない」
「そういうわけにはいかないっしょ」
 からりと笑うと、ジェスがライドの隣に出てきた。視線をこちらに向ける。
「お前、カトルディーナ王の右目だよな?」
「……はい」
「俺は第一騎士団副団長のランパードだ。悪かったな、こいつってば大人げない大人で。親友として謝っとくよ」
「誰が親ゆぅ……んん! う~っ!」
 『右目』 から視線を外さず、笑顔も保ったまま、がっしりとライドの口を塞いだ。細い体を片腕に抱え込むようにして半回転させ、再び 『右目』 に向き合う形にする。
「見てのとおりひねくれ者だから、いろいろ心にもないこと言っちゃったりするんだよ。だから、さらっと許してやってくれる?」
「んぅー! うーっうーっ!」
 ライドが必死になって拘束から抜け出そうとしているが、最小限の動きで攻撃をすべてよけられているため、ひとりでモガモガ言いながらバタバタしてるようにしか見えない。言っては悪いが、間抜けである。
 ひそかに引きながら眺めていると、ふと、ジェスがライドに目を戻した。
「それはそうと、レウ、報告があって来たんだけど」
 空いている手で口を隠してライドの耳元に近づき、ひとこと、ふたこと。
 途端、ライドが止まった。瞳孔が一気に収縮する。今までどたばたしていたのが嘘のように、動き、表情、気配、雰囲気、すべての波が消えた。拘束を解いたジェスを見ないまま、小さくうなずく。
「わかった」
「予定通りでいいか?」
「ああ」
 そうして息をついたライドは、微笑みこそ浮かべないままだがすっかり落ち着いた表情で 『右目』 を見やった。
「急用ができましたので、ここで。部屋に戻っていてください」
 返事を聞く余地も持たずに踵を返した。笑顔を挨拶に代えたジェスも彼のあとに続く。
(…………あっ)
 場の雰囲気に流されて忘れるところだった。事件の状況を聞くどころか、自分のことを知っているのか問いただしてもいない。慌てて呼び止めようと一歩踏み出す。
 その瞬間、ジェスが振り返った。
 ライドが曲がり角に消える。
 わずかばかり速度を落としたジェスが、腰に吊るした剣の鞘を掴んで見せた。唇に笑みを浮かべたまま、眼に鋭利なものを覗かせて。
「っ!」
 圧された。足が止まった。その隙に騎士もまた廊下の向こうへと消えてしまった。
(…………関わるな……、あきらめろと?)
 おそらく、あのふたりは裏で手を組んでいる。なにをしているのか、それがどんなことを意味するのかはわからないが、これ以上踏み込めば間違いなく大国クロスタークの副宰相と騎士団副長が牙を剥く。わかる。
 引けないものを抱えたままだが、進むわけにもいかない。 『右目』 は口を引き結び、もと来た道を引き返した。客室の扉をノックし、入る。
「失礼します」
 キングと目が合った途端、隻眼が呆れ一辺倒になった。
「だから言ったろ。やめとけって」
 返す言葉がない。
 フェンリルが首をかしげた。
「なんか言われたのか?」
「いえ……」
 反射的に否定し、そのあとで思い直した。なかったことにするのは簡単だ。しかしこのふたりには話すべきだろう。
 『右目』 は彼らの近くに歩み寄った。小声で話す。
「……ライド殿は、俺のことをご存知なのかもしれません」
 フェンリルの耳がぴくりと動いた。真剣な表情が正しく汲み取ってくれたことを示している。
「確かなのか?」
「わかりません。副団長だという騎士が間に入ってきて……結果的にはぐらかされました」
 簡単に廊下であったことを話すと、フェンリルが後ろに両手をついてくつろぐキングを見上げた。
「どう思う?」
「……ブラフじゃねーの?」
 キングの表情は平常心そのものだ。
「曲芸師の得意技だろ。ウチの奴らもよく翻弄されてンじゃねえか」
「今回もそうだっていう保障はねえだろ」
 フェンリルの反論に対しなにも言わず、キングが大きく息を吸った。煙草の先が赤く燃え、灰になる。
「どっちにしろ、 『右目』 を人質にとる気はないみてぇだからいいじゃねーか」
「そうかぁ?」
 緩慢な動作で皿に灰を落として、のんびりと口にくわえなおした。
「使いどころがおかしいだろ。俺相手にハッタリ利かせたンならともかく、誰も見てないとこでこいつを追っ払うためだけに重要カードを見せて、なんの得がある?」
 フェンリルのピアスを指で弾く。
「本当に掴んでるのかどうかは知らねえが、少なくとも政治に持ち込む気はねえんだろ。あいつは一度表に返したカードを何度も使うほど馬鹿じゃねーよ。つか、そんな簡単な奴なら苦労してねえし」
「だったら、なんでわざわざ脅すようなことしたんだ?」
「知るか。本人に聞いて返り討ちに遭ってこい」
「な……っ?」
「………………」
 キングの言い分は、理論的には納得できる。しかし感情はどうかというと、微妙だ。
 そんな心情を見抜いたのだろうか。キングが 『右目』 を見たあとで目を逸らした。
「まぁ、なんだ……うさんくせーし面倒くせぇ奴だが、飼い主に似たのか根っこは甘いからな。気に入ってる人間を巻き込みたくなかったんだろ。……知らねえが」
 投げるように言って煙草をもみ消すと、キングは後ろに倒れた。灰皿を脇のテーブルに追いやるついでに横向きになり、頭の下に腕を挟む。
「いーからほっとけ。面倒くせぇ」
 本日三回目の台詞を吐いて目を閉じた。寝る気である。めずらしく早起きしたせいで眠いらしい。
「お前なぁ、ちったぁ真面目に自分の右目をいたわってやろうって気はねえのかっ。おい、聞いてんのかっ?」
 フェンリルに尻尾で叩かれても、キングは完全無視の態勢だ。
 呆れて言葉もない。が、おかげで肩の力が落ちた。呑気ともとれるキングの態度に、不覚にも毒気を抜かれてしまった。
(……なるようになる、のかな)
 『右目』 は自然に結論を出し──そんな自分に、だいぶ主君に感化された気がするなと思わず苦笑いをしながら、ベッドの上をのんびりと眺めるのだった。

END.
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