顔を合わせたが最後。意地で笑みを浮かべたまま、延々と悪態の応酬。
 到底最高権力者同士とは思えない会話が暗黙の了解にまで成り下がったのは、いったいいつのことだったやら。最初のころはふたりのやりとりに焦ったり呆然としていたものだが、今では大半の人間が 「あーはいはい」 で済ませるようになってしまったのだから、どれだけ相変わらずかがわかろうというものだ。
 そんなわけで、カトルディーナを訪れたクロスターク国のアーヴィング国王とレウ・ライド副宰相を迎えた部屋は、今日も今日とて 「あーはいはい」 な状況である。フェンリルはキング・カトルディーナの肩の上で、もはや諦観の境地の域に達しながら王たちの会話に耳を傾けていた。
「こんだけじゃ結論出せねえだろ。馬鹿かテメェは」
 小馬鹿にした態度のキングに対し、カトルディーナ王が冷笑する。
「わざわざ一から十まで説明せねばならんか? 要は情報が少ないのだ。あちらが出し渋っていると見るのが適当だろう」
「ンなもん誰にだってわかるんだよ。この先どうするつもりだって訊いてんだろーが」
「出す気がないなら、強引に引き出すまでだ。決まっているだろう。このような簡単なこともわからんとは情けない。その有様で、よく一国を導く気になれたものだな」
 フェンリルの腹の下でキングの肩が硬くなった。カチンと来たらしい。
「人の使い方を知ってりゃいーんだよ。テメェこそ適材適所って言葉、知ってっか? あれもこれも副宰相(ソイツ)に任せちまう考えなしとは一緒にされたくねえもんだ」
 気に入りの側近を顎で差され、クロスターク王の頬がひくりと動く。
「心配するな。身勝手な無能上司に比べれば、はるかにマシだとも」
「………………」
 疲れ顔で会話を記録していたウォルフの表情が困惑したときのそれに変わり、脇に立っている 『右目』 が微妙な表情でキングを見下ろしてくる。しかし彼らの視線などかけらも気にしていない振りをして、キングが額に力を入れた。
「どこの誰が無能だ」
 黒の王が口端を挑発の角度に吊り上げる。
「うん? なにを怒っているのだ? 私は、ひ・と・こ・と・も、お前のことだと言った覚えはないが?」
 悠然と胸を張り、椅子の背に体を預けた。
「ともあれ、私の片腕をあまり見くびらないでもらいたいものだな。伊達や酔狂で副宰相を……、いや、その軽い頭でも理解できるようにこう言うべきか? 我が国の外交政策最高責任者を勤めさせているわけではない、と」
 言い切って王が、隣へと声を振る。
「どの程度で調べがつく?」
 ライドが、童顔にわずかばかりの苦笑を浮かべたあとで書類をテーブルに下ろした。まばたきを一回。上体ごと主君へと向き直る。
「畏(オソ)れながら、三週間……いえ、最低でも一ヶ月程度はかかるかと」
 長い。事態は逼迫していないが、調査期間とするには長すぎる。
 そら見たことかとキングが鼻で笑った。
「外交と諜報を一緒にすんなってこった。おとなしくウチの諜報部(アルゴス)に任せときゃいーんだよ」
「二度も三度も言われなければ理解できんか、でくの坊。黙っていろ」
 キングに向かって少々本気で眉間にしわを寄せたクロスターク王が、表情を軟化させてから側近に目を戻す。
「気がかりはなんだ」
 するとライドが、王をまっすぐに見つめて柔和な笑みを浮かべた。信頼と敬愛を容易に感じる表情はしかし、すぐに引き締まったそれへと変わる。
「あの国が、クロスタークとカトルディーナ、この二国に睨まれても沈黙を保てるような、絶対的優位に働くカードを持っているとは思えません」
「情報に誤りがあると?」
「現段階では、なんとも……。ですが、可能性は否定できないかと」
 全員を見渡すようにして、ライドが指を立てる。
「考えうる状況は大きく三つ。ひとつは、我々の手元にある情報が正確で、杞憂の場合。次に、かの国がクロスタークかカトルディーナ、あるいは両者の弱みとなる情報を入手している場合。そして最後に、第三国が介入し、かの国の後ろ盾についた場合です」
 クロスターク王が目を伏せ、低くうなった。
「協力しそうな国か。思い当たるのは……、ぱっと考えただけでも三カ国はあるな」
 つまり、調査隊を派遣する場所が多いため時間がかかるということなのだろう。ならば話は簡単ではないか。フェンリルは尻尾を揺らしつつ口を挟んでみた。
「だったらウチと手分けすりゃいいだろ。副宰相、それなら何日で片がつく?」
 ライドより先に口を開いたのは、クロスターク王。
「事実の有無と大まかな取引内容だけでよろしければ、長くとも二週間で調べましょう」
 返答を奪われた男が苦笑する。
「また無理難題を……」
「不可能を可能にしろと言っているつもりはないが?」
 王の不敵な笑みに、ライドが肩から力を抜くように微笑んだ。
「御心のままに」
「うむ」
 このふたりの会話はボールが弾むようだ。キングとクロスターク王のそれもぽんぽんと続くが、王と副宰相の場合は、なんというか、感嘆と同時に呆れるなにかがある。曰く、勝手にやってろと言いたくなるなにかが。
 要約すれば 『仲がいい』 ということなのだろうと、フェンリルが少々投げやりに結論づけたそのときだった。おとなしかったキングが口を開いたのは。
「おーおー、曲芸師もかわいそうになぁ。こんな奴にコキ使われてよ。同情するぜ」
 こんな奴扱いされた王が、口端を吊り上げた。
「フ。人の心を汲むことを知らん、どこぞの子供に仕えるよりは、天と地ほども恵まれた環境だと思うがな」
 フェンリルとウォルフが無言のまま納得を示す横で、よせばいいのにキングが笑顔のまま牙を見せる。
「ンだと? どういう意味だ、コラ」
 案の定、クロスターク王がわざとらしく落胆のジェスチャーをしてみせた。
「自覚を怒りでごまかすとは……。子供は手のかかることだな。こちらこそ同情するぞ。子守はさぞや大変だろう、 『右目』」
「えっ? いや、その……」
 突然話を振られて狼狽した 『右目』 をよそに、キングが噛みつく。
「るせぇよ、チビ。じゃあなにか? テメェは完ッ璧な主君やってるとでも言い張るつもりかよ」
「唐変木と違い、その者の才能を見抜いて育てることが主たる者の務めであると熟知しているぞ」
「務めだァ? 難問ふっかけて過労死一直線に追い込むことが、ずいぶんと仰々しくなったもんだな」
「多少の無茶も承知で通すのは成し遂げられると信じているからだ。お前の怠惰と一緒にしないでもらいたいものだな。だいいち、この程度のことが難題? その発言、こいつを侮っている以外の何物でもない」
「猫可愛がりしすぎて目ェ曇ったんじゃねえの?」
「可愛い奴を可愛がってなにが悪い」
「好きな子ほどいじめたいってか?」
「私の可愛い 『弟』 がそのような阿呆くさい誤解などするものか」
「あー、うぜぇおっさん」
「……なんだ、うらやましいのか」
「はぁ? なにをどう聞いたらそんな言葉になる? 耳つまってんじゃねえ?」
「こいつ以上に可愛い従者はいないと認めているから、そのように悪態をついてごまかしているのだろう? 照れることはあるまい。お前の感性は正しいぞ、デカブツ。ふふっ」
「な、バッカじゃねえの? 『右目』 のほうが可愛いに決まってんだろっ」
「いいや、レウのほうが可愛いっ」
「『右目』 だっつってんだろっ」
「レウだっ」
「『右目』 だっ」
(アホだ……)
 フェンリルは半眼プラス口半開きで、怒涛の主人馬鹿漫才に身を任すしかなかった。
 それにしても、他国の問題行動に関する協議がなぜ相方自慢にすり替わったのだろう。悪態をつきながらではあったが、順調に結論へと向かっていたはずなのに。──いや、答えならば出ている。キングが余計な茶々を入れたところから脱線していったのだ。
「『右目』 はどっかの誰かと違って口うるさくねーし、やるこたァきっちりやるし、なによりこの俺様のために命を投げ出す。こんな馬鹿可愛い奴がほかにいるか?」
「ふっ、まだまだだな。レウは私の傍で尽くすことが至上の幸福なのだと、そう言って私の手に忠誠と敬愛の口づけをくれたぞ。お前は心を捧げてもらえたか? ん?」
「けっ。ンなもん必要ねえんだよ。目ェ見りゃわかる。本気の忠誠心ってなァそういうもんだ」
「言葉にしてもらえないからと拗ねることもあるまい。それとも教えてやらねばわからんか? 言ってもらいたければ言えばいいのだよ、遅れ思春期男め」
「どっちがだっ。言ってもらえなきゃ信じられないなんてなァ、それこそガキの証拠じゃねえかっ。チビはやっぱチビだなっ」
 ──正直、呆れるを通り越して匙を投げたいのだが。
 クロスターク王と話し始めるとなにかのタガが外れがちになるのは前々からのことではあったが、それにしたところで、よくもまぁこのヘタレキングがヘタレたる所以を頭からスカッと吹っ飛ばしてくれたものである。
(あーもー普段からこんだけ喋ってくれりゃあ、苦労ねえってのに)
 見れば、ウォルフが先ほどから額を押さえて苛立ちをこらえている。一方、話題の中心となってしまった 『右目』 はと言えば、ものすっごく居心地が悪そうだ。彼の胸中では、喜んだらいいのか謙遜したらいいのか気持ち悪がったらいいのか、それはもう激しい葛藤が渦巻いているに違いない。かわいそうに。言い返すことにむきになっているキングは気づいてもいない。
「いーんだよ、言葉なんざ蛇足でよ。背中を任せられるのは 『右目』 しかいねえ。つーか、こいつ以上の腕を持ってる奴がいるってンなら見てみてぇもんだ」
「剣技だけか? レウはまさに文武両道。どのような事態に直面しようともあらゆる対処ができる優秀な男だぞ」
「器用貧乏の間違いじゃねえの? ま、どんなになっても 『右目』 にはかなわねーよ」
「…………。ふぅん?」
 クロスターク王が目を細めた、その刹那。
 フェンリルやウォルフ同様、本格的に呆れた調子で肩を落としていたライドの苦笑がわずかばかり動いた。錯覚だったろうかとすら思える些細な変化だ。その辺の人間ならば気にもとめなかっただろう。しかし相手はレウ・ライド副宰相。二十代の若さで、各国の年季が入った重鎮たちを何度も手玉に取ってきた男。
 嫌な寒気がする。
 なにかを予感して相手の様子を目の端で窺っていると、ライドがさりげなく表情を隠すように書類を持った。そして紙束の陰からキングに視線を移し、
 ──ニヤ。
(あっ、スイッチ入りやがったっ!)
 猛禽類が獲物を見つけたかのごとき眼に、背中の毛が逆立つ。
 しかし、そんなもの知ったことかとばかりに会話は進む。
「『右目』 にはかなわない、か。……はたしてそうだろうか? むしろ 『右目』 がどう頑張ったところで、レウ以上の働きができるとは思えないのだが」
「………………」
 キングがめずらしく本気で不快感を表に出した。
 相手の怒りを流し払うように、同時に挑発以外の何物でもない穏やかさで、にっ、と微笑むクロスターク王。
「怒るな。致し方あるまい? 事実なのだから」
「……ほー。じゃあ、俺の右目が曲芸師に勝てねえっつー証拠を見せてもらいてぇもんだな」
「いいだろう」
 クロスターク王がすばやく横へと視線をやった。
「問題ないな?」
 返るのは、男の目でも可愛いと表現されそうな満面の笑み。
「さすがに暗殺者の類から確実にお護りできるとは断言できませんが、接触自体を限りなくゼロにすることでしたら容易ですね」
「そ、そんなことが可能なのかっ?」
 うっかり外向きの顔を忘れたウォルフを見やり、ライドが微笑む。
「ええ、簡単です。カトルディーナ陛下が部屋から一歩もお出にならなければいい」
 ──真理だ。
 いや、しかし、 『図体のでかい子供』 がじっとしているとは思えない。それができるのなら今まで苦労していないというものである。
 そんな周囲の不安と疑問をよそに、ライドがぱきりと指を鳴らした。
「さて、いかにして抜け出す隙を潰していくか。……腕が鳴りますね」
 底意地の悪さを内包した微笑を浮かべる側近に、クロスターク王が似たような笑みで返す。
「いずれ我が国の宰相となる人間の実力、あの馬鹿にたっぷりと味わわせてやれ」
「かしこまりました」
 そしてふたり揃ってキングを見やり、
「ふっふっふっふっふ」
 ちょっと──いや、かなり気味が悪い。
「お、おい。あいつら、もしかしなくても怒ってる? お前、なんかした?」
 フェンリルの耳打ちに、キングがどことなく引きつった顔で応じる。
「知るか。チビはともかく、曲芸師にちょっかいなんざ出さねーよ」
(だよなー。お前、実は副宰相のこと苦手だもんなー)
 と、口には出さずに同意──
「さてと。では話し合いはこれでお開きとしよう」
 ──した隙に、クロスターク王が手を叩いて立ち上がった。どこか陽気な表情でテーブルを回ってこちらに近づくなり、 『右目』 の肩に腕を回す。
「では行こう」
「………………………………えっ。えぇっ !?」
 身長こそ 『右目』 より低いが、片手でバスタードソードを容易に操る腕力の持ち主は、突然のことに対処できない青年を引きずってドアへと歩き出す。
 ──ガタタッ!
「ちょ、おいバカチビ! いきなりなにしやがるっ!」
 椅子を鳴らして立ち上がったキングの怒声に振り返るのは、むしろこちらが驚いたといわんばかりの表情だ。
「なにを、とはなんだ。証拠を見せろと言ったのはお前だろう」
 クロスターク王は左腕で 『右目』 を捕まえたまま、右手の人差し指を突きつけてきた。
「レウを貸してやる。代わりに私は 『右目』 を借りる。しばらく行動をともにすれば、おのずとどちらの従者が優秀かわかるだろう」
 この思考回路は予想範疇外だ。
(こいつってこーゆー奴だっけ?)
 いちばんよくわかっているだろう人物を見る。
 ライドは、にこにこと笑っていた。にこにこと。──これは絶対に共犯者の顔だ。
 固まった周囲を放置して、クロスターク王が踵を返す。
「『右目』、チェスはできるか?」
「え、と、たぶん、たしなみ程度でしたら……」
「謙遜ならば不要だぞ? 言っておくが、私はレウに全勝しているからな。全力で相手をしろ」
「は……いや、ですが、あの……、やはり困りますっ。お離しください、王っ」
「レウが大丈夫だと言ったら大丈夫だから心配するな」
「ライド殿の腕を疑っているわけでは……。そういう問題ではなく──」
「それよりも菓子は好きか? 道中の気分転換にと妻が持たせてくれた手作りの焼き菓子があるのだ。お前も気に入ってくれると嬉しいぞ。はっはっはっはっはっ」
 ──ばったん。
「…………」
「…………」
「………………嵐だ」
 ふたりが出ていった扉から目を離し、ウォルフがテーブルに突っ伏した。彼が呟いた言葉は実に的を射ている気がする。
 すっかりめちゃくちゃになってしまった場の空気の中、唯一平常心を保っているライドが立ち上がった。胃を押さえているウォルフに顔を向ける。
「晩餐会まで 『右目』 殿をお借りすれば我が王の気も済むでしょうから、どうぞご容赦ください。代わりと言ってはなんですが、微力ながらお手伝いをいたしますので」
「いや、しかし……」
 渋るウォルフに、勝手知ったるなんとやら、とばかりに微笑むライド。
「立ち入っても良い領域は心得ております。どうかご安心を。……ここだけの話ですが、我が王にはひどい脱走癖がありましてね。抜け出そうとする人間の相手には慣れておりますので、必ずお力になれると思います」
「そうですかっ」
 ようやく我に返って 「納得すんなっ」 と声を荒げるキングを完全無視して、ウォルフが席を立つ。
「では、仕事道具を移動させます。それまで見張りをお願いしてよろしいでしょうか」
「はい。いってらっしゃいませ。…………、さて、と……」
 ライドがフィンチのずれを直しながら振り向いた。
「それではカトルディーナ陛下、しばらくの間よろしくお願いいたします。さっそくですが、補佐官殿がお戻りになるまでに協議内容の確認をなさってはいかがでしょうか。そのあとで手分けの内容を協議するといたしましょう」
 笑顔なのだが、微妙に怖いのはなぜだろう。普段は感じたことのない変な迫力がある。
 キングも同意見なのか、それとも副宰相に対する苦手意識が先行しているのか、文句も言わずに座りなおした。不満ありまくりの表情(カオ)で書類に目をやる。ひとまずはおとなしくしているつもりのようだ。
 クロスターク王の気まぐれと思しき行動には驚いたが、溺愛している側近を置いて帰るわけもない。ライドの言うとおり、それなりの時間で 『右目』 を返してくれるだろう。となれば、自分にできるのは適当に付き合ってやることくらいだ。
(やれやれだな)
 キングの肩で落ち着きなおしたフェンリルは、ふと、ライドと目が合った。キングに向けた笑みとは違う、どこか優しい眼差しを見せた彼は、不意に表情をすっとぼけたものに変えた。
「おや、フェンリル殿。背中の毛が絡まっていらっしゃいますね。梳いてさしあげましょうか」
 無遠慮に近づくなりキングの肩からフェンリルを持ち上げると、さっさと窓辺のソファーに腰を落ち着けた。懐から櫛を出し、毛をひっぱらないよう丁寧に櫛を通し始める。
 フェンリルは、膝の上で一呼吸。
 ライドの気遣い──と呼ぶには少々抵抗があるのだが──にのることにした。
「で? どういうつもりなんだ、お前の王は」
 小声で促すと、小さく笑ってからささやいてきた。
「基本的に世話焼きなのですよ、あの方は。私には弟と妹がおりまして、……まぁ、性分ですね」
 首をひねって仰ぎ見る。すると若き策士は楽しそうに、己の唇に人差し指を当てた。
「失礼ながら、カトル陛下はあまり器用な方ではないでしょう? ですから 『右目』 殿に少しでも気を抜ける時間があるのだろうかと、王も私も常々気にかけていたのです」
「それで余計な世話焼いたってことか」
「はい。 『右目』 殿をおもいっきり甘やかしてみたかったこともありまして」
「……あいつらを引き離すことが甘やかしかよ」
 ライドが視線を少しだけ動かした。キングがちらちらとこちらを窺っては会話内容を気にしている様子にほくそ笑んで、声量を一段階上げる。
「アーヴィング様は愛情深い方ですから。突飛な言動に驚きこそすれ、変な葛藤をため込むことはありませんよ。きっと今頃、 『右目』 殿は戸惑いながらも我が王に可愛がっていただいていることでしょう」
 キングが動きを止めたことを視界の端で見たライドは、すっきりした、と言わんばかりの爽やかな笑顔で、再び声を潜めた。
「カトル陛下は……ふふっ、 『右目』 殿に心労をかけてばかりいる罰です。たまには痛い目にお遭いになればいい」
 呆れた。
 しかし納得した。
 そもそも本気で怒ったのだとしたら、クロスターク王ならば正面から噛みついてくるだろうし、ライドならばあらゆる手段で潰しにかかってくるはずだ。 『ちょっとムカつくからちょっかいを出して困らせてやろう』 程度の嫌がらせで終わっているのは、キングの本音に気づいており、かつ気遣っているからに違いない。
 そう考えれば、なるほど。この面子の中で最年長であろうクロスターク王の行動は、不器用な性格を改善しようともしないキングに対する 『兄のお仕置き』 というわけだ。
(『右目』 は当然として、なんだかんだでキングも可愛がられてんじゃねえか)
 ライドに倣ってこっそりキングを窺えば、不機嫌な表情の裏で落ち着かない心境を必死に隠そうとしているのが見て取れた。 『右目』 を目の届かないところに連れて行かれて落ち着かない、といったところか。本人はうまく隠せていると思っているのだろう。しかし副宰相どころか、別室に行ったクロスターク王にも笑われていそうである。
(……ま、仲良くやってりゃいいさ)
 尻尾を一振り、フェンリルはライドの膝に顎を下ろした。

END.
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