理由はひとこと。
 面白そうだと思ったからだ──。

 カトルディーナ王がこの世を去ったと聞いてから数ヶ月。新たに玉座に就く者としてやってきたのは、度肝を抜かれる体格の男だった。
 壇上の玉座に腰掛けた状態でも、彼がかなりの長身であることが一目でわかる。けっして低くはないアーヴィングより確実に十センチ近くは上だろう。彼の後ろに付き従う、これまた長身の護衛騎士の存在もあって遠近感が狂う。
 さらに、クロスタークではあまり見かけない鮮やかな銀髪。同盟国という保障を持つものの、初対面で、しかも平民出の人間が生粋の貴族を前にしているというのに、緊張感はもちろん愛想のひとつも見せない平坦な表情(カオ)。右半分が包帯と髪に隠れているせいで、わかりにくさに拍車がかかっている。
 第一印象は、否応なく強烈。
 しかもそれだけでは終わらない。
 広間に入ってからの口上はすべて彼の肩にいる銀狼の毛皮が述べたため、考えてみれば唇を開きもしていない。よくよく見れば、まっすぐにこちらを見据えているようでいて視線が遠い。明らかに集中していない。と見せかけて、隙がない。
 妙な男だ。
 このような人間は、社交界、政界、そのどちらでも見たことがない。上流階級の世界に馴染みそうになければ、おそらく馴染む気もないだろう。孤高という言葉がこれほどはまる男は、そうはいない。
(……聖なる獣の国の王、か。似合いではないか)
 頭の片隅によぎったカトルディーナ国の別称を彼に重ね、アーヴィングは口端に笑みをにじませた。
 改めて銀色の王に向き直る。
「よくぞいらしてくれた、カトルディーナ新王。貴殿が戴冠し、真の王となられる日を、私も心待ちにさせていただこう」
「ふん」
 今まで表情筋を、否、全身を止めて立っていた男が初めて動いた。嘆息にも似た様子で息をつき、わずかに顎を下げる。
「勝手にしろよ」
 ──思考回路が、一瞬麻痺した。
 というか、何が起こったのか、なぜ停止したのか、さっぱりわからない。
 自分だけだろうかと周囲を窺うと、カトルディーナ王以外の全員が動揺しているようだった。もっとも、クロスターク側とカトルディーナ側で、動揺の種類が違っていたが。
 ともあれ、止まっていても始まらない。話を進めるべく、アーヴィングは気を取り直して口を開いた。
「さて……、これより会談を、といきたいところですが、遠方よりの旅路でさぞお疲れでしょう。別室にてしばし休憩を取られるといい」
「ハ。大きなお世話だ。テメェみてーなおっさんじゃあるまいし、この程度でガタがくるような、やわな体してっかよ」
 ──……いや、まぁ、向こうの年齢は知らないが、見たかぎり自分のほうが年上のような気はする。気はするが、それでも十歳もは離れていないはずだ。せいぜい数歳だろう。それが、なんだと? おっさん? ここはどこだ? 下町の酒場か? お忍び中だったか? いやいや王宮だ。自分はこの国の最高権力者として友好国の新王と初対面の挨拶を交わしていたはずだ。そうだ、そのはずだ。間違いない。
(と、とりあえず落ち着け。よくわからんが、落ち着け。……よしっ)
 腹に力を入れ、頬にも力を入れ、意地で微笑を死守する。
「あぁ、体を鍛えておいでなのだな。しかしお連れの方々すべてが元気だというわけではありますまい。それにせっかくの会談の場。やはり万全の調子で望みたいものだ。こちらにも準備があることですし、その間はごゆるりと過ごされては」
 そこで一度、話を止めてみる。
 いつの間にやらどこかすっとぼけた表情になっている王の口から、耳を疑う悪態が飛び出てくることはなかった。少し安堵し、いつもの調子を戻して微笑む。
「苺はお好きかな? 私が言うのもなんだが、この季節に採れる我が国の苺はとても美味でしてな。よろしければ、ぜひともご賞味いただきたい」
 すると、
 狼を背負う男が、
 楽しげに牙を見せた。
「当然、シャンパンつきだよな?」
「……………………は?」
「は? じゃねぇよ。苺といったらシャンパンだろ。そんなことも知らねぇのか?」
「……おぉい、キング……?」
 銀公が顎を落とした。その後ろでは護衛騎士が変な汗をかいている。そのさらに後ろではほかの騎士たちが青ざめている。ちなみにクロスタークの人間はみな硬直状態だ。約一名を除いて。
 笑顔の裏から苛立ちと殺意一歩手前の気配を発するに至った副宰相をなだめてやるべきところなのだろうが、哀しいかな、アーヴィング自身に余裕がない。ぴきぴきとひきつる頬を抑えるので精一杯だ。
「さ、酒がお好きでいらっしゃるか。ですが、やはり大事な公務前に酔われては──」
「シャンパンなんざ酒じゃねーよ。ジュースだ、ジュース。……それともアレか? お前はあんなもんで酔っ払っちまうってか? うわ、ダッセー」
 ──────────ぷち。
「はっ。へ、陛下っ!」
 アーヴィングはすっくと立ち上がると、制止してくる宰相を無視して壇を降りた。大股で進む。
「お、図星突かれて怒ったか?」
 ほざく銀狼王の前で仁王立ち。
 身長差が歴然とした。悔しくはないがむかつく。
 そんなアーヴィングの意思を見抜いてかニヤつくカトルディーナ王に向かって、わざとらしく胸を張った。ゆったりと微笑む。
「あいにく、私はお前と違って、オ・ト・ナ、だからな。子供の他愛ない戯言にいちいち立てる腹など持たん」
 十センチ以上高いところで、口の横が引きつった。
「俺様のどこがガキだ。あァ? チビ」
 アーヴィングの額で、血管が音を立てる。
「はっきり言ってやらねば通じんか? うどの大木」
 にこにこ、にこにこ。
「おー。おっさんの考えるような古臭ェことなんざ、さっぱりだ」
 にやにや、にやにや。
「そうか、荷が重すぎるか。尻が青いだけはあるな」
「たるんでるよりゃマシだろ?」
 にこにこ、にやにや、にこにこ、にやにや、にこにこ、にやにや……
 ──ガキィィッ!
「陛下ぁぁぁぁぁぁっ !!」
 剣と銃身が咬み合う音に、一斉に放ったギャラリーの絶叫がかぶった。だからといって止まってやる気は毛頭ない。抜きかけた剣のつばを銃口で押さえてくる男を笑顔のまま見据える。
「黙っておとなしくしてやっていれば……、いったいどういう了見だ。お前には先達を敬おうという気持ちがないのか」
 同じく笑みを浮かべたまま、腕に力を込めるカトルディーナ王。
「たかが数年早く生まれただけじゃねーか。運を振りかざして楽しいかよ?」
「そのようなものは屁理屈だっ」
「屁だろうがなんだろうが知ったこっちゃねぇ。敬ってやるかやらないかは俺が決めンだよ。文句あっか」
「あるに決まっている! なんだその態度はっ。でかいのは図体だけで充分だ!」
「チビがひがむなっ」
「デカブツが吠えるな!」
「──……陛下……っ」
 不意に銀髪の向こうから腕が一本割って入った。と同時にアーヴィングの背後に鬼の気配が。
「いい加減にしてくださいッ!」
 気配の正体を遅れて察するのと、腕がカトルディーナ王をなぎ倒すのと、アーヴィングが膝裏を蹴られてバランスを崩した隙に後ろへ引き倒されたのは同時だった。
 王たちが一緒に尻餅をついた直後、ふたりの間にふたり分の足が。
 なすすべなく見上げる先で、カトルディーナ王を倒した騎士とアーヴィングを蹴った副宰相が、即座に向き直りあって体をふたつに折った。
「申し訳ございませんでしたっ!」
 王をなぎ倒すのが同時だったなら、謝罪まで同時。そしてまた同時に体を起こし、副宰相がいつもの笑みを浮かべる。
「私は王の補佐官も兼ねております、副宰相のレウ・ライドと申します。このたびは我が王が大変失礼をいたしました」
「いえ、こちらこそ王宮にお招きいただきながら、数々の非礼を……。あ、名乗りが遅れました。俺は国王の護衛を勤めさせていただいております。…… 『右目』 と、お呼びください」
 『右目』 と名乗る青年の目を見たままレウはわずかに止まり、あぁと声を漏らす。
「あなたが、王の……。お噂は聞いております。お目にかかれて光栄ですよ」
「……恐れ入ります」
「その前に、上司に手ェ上げることを恐れ入りやがれってンだ」
 カトルディーナ王がうなるも、
「今回ばっかはお前が悪い」
 フェンリル公に切り捨てられて終わり、だ。
 力任せに止められたことで苛立ちやらなにやらはすっかり消えてしまった。アーヴィングは立ち上がり、剣をきちんとしまいなおした。近くの女官に、来客たちを用意してある貴賓室に通すよう合図を出す。
 そうしてもう一度見れば、カトルディーナ王も立ち上がって銃をしまうところだ。隠し武器よろしく袖の中におさめると、案内役について広間を出て行く。
 アーヴィングはその背を見送りながら腕組みをした。
 ぼやく。
「まったく……なんだ、あの男は」
「文句をおっしゃる割には楽しそうですね、アーヴィング様」
 棘が。
 レウの言葉の裏に潜む非難に、おもわず肩をすくめつつ彼を見やれば。
「…………、どうした?」
 ずいぶんとらしくない表情だ。
 理由を尋ねると、レウは口を開きかけ、すぐに閉ざして視線を逸らした。なにごとかを悩むそぶりをし──見やるのは、カトルディーナ王に従う護衛騎士の背中──。
 しかしアーヴィングが疑問をさらに深くする前に、レウはうっすらと唇を笑みの形にした。
「いえ……」
 目を伏せ、穏やかに微笑む。
「なんでもありません」
 言葉を額面どおりには受け取れない。だが、レウがなんでもないと言うのだ。少なくとも今は考えるべきときではないのだろう。
「そうか」
 アーヴィングはうなずき、次の準備に取り掛かるべく踵を返した。

 妙な男に興味が出たものだと自分でも思う。逢えば悪態の応酬で周囲を慌てさせ、従者に怒られるわ呆れられるわでいいことなどひとつもないはずなのだが、なぜか不快感がない。いっそ小気味いいくらいだ。
 そんな男が、今日、正式に戴冠する。
 目の前を通り過ぎていった彼は、初めてクロスタークの広間に現れたときと同じ表情をしていた。その顔つきに何かを感じ取ったのは、アーヴィングだけだったのだろうか。
 そして予感を裏切らず、男は、王冠を掲げた女性を──見守る大勢の王族や重鎮たちを前にして、言い切ったのだ。笑み混じりの声で。
「誓えない。俺は、偽者の王だからな」
 平静以外の何者でもない男と銀狼をよそに、明かされた事実によって周囲は一瞬で大混乱だ。
「知っていたか?」
 斜め後ろに立つレウを見ると、異様に諸外国の情勢に詳しい男は首を振った。
「初耳です」
 ということは、どうやら真実は厳重に厳重を重ねてどこかで捻じ曲げられ、隠され、なにごとかの目的を持ってこの状況になったということか。
 何にしろ、今現在銀公を背負っている男が故意に話したおかげで発生した周囲の疑念は、そう簡単には晴らせないことはわかる。
「ややこしいことになったな。……それとも、これが狙い、か?」
「陛下……?」
 独り言に対するレウの声。しかし、そのさらに向こうから流れてきた声が、アーヴィングだけでなく式典会場に集まる人々の意識もひきつけた。
 第三者、それも悪意を持つ者の乱入。
 『右目』 が放った誰何の声に、帽子を取り、名乗ったのは──誰の目にも明らかな最大の敵対者からの刺客。
「……やれやれ」
 さらに混沌としていく空気の中、アーヴィングは深々と息を吐いた。
「うどの大木は、本当にはた迷惑ばかりを撒き散らしてくれる」
「落ち着いていらっしゃいますねぇ」
 呆れ返った、と言わんばかりのレウに、腕組みをして返す。
「そういうお前も、腹が据わっているようではないか」
「緊急事態の中、主君が平静でいらっしゃるというのにその横で慌てふためくなど……、そのような失態を犯す補佐官に見えますか?」
「それはデカブツの補佐官に対するいやみか?」
「まさか。あの方には心底同情しておりますよ。大変ですよね、身勝手な主を持つと」
「むしろ私か」
 げんなりとしつつも、おかげで気が晴れた。張っていた肩から力を抜く。
 と、
「…………。…… 『右目』 殿……、頑張ってくださいね」
 ささやくように呟いたレウの声と視線が、やけに真剣なのが気になったが──
 アーヴィングは彼から視線を外し、前を見る。
「あの馬鹿が、この程度のことでつぶされるわけもない」
 レウが驚いたような顔でこちらを見てくるのがわかった。が、目を向けたりしない。
 頬には自然と笑みが浮かぶ。
 そうだ。あの銀狼王が血だまりに倒れる姿など想像もつかない。つまり負けるとは到底思えない。そしてそれは、きっと彼とともに歩くと決めた者たちにも当てはまるはず。
 眺めるアーヴィングの前で、豪奢なマントを後ろへ払い流し、銀色の王が言い放つ。
「偽でも王だという証を、見せてやろーじゃねェの?」
 それでこそだ。
 アーヴィングは、に、と笑う。
「さぁ、お手並み拝見といこう」
 心配などしてやるものか。手助けなどしてやるものか。馬鹿馬鹿しい。
 ──理由なら、ひとことで充分だろう?

END.
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