キルスケルトが城の中を歩いていると、若い侍女達が何やら色めきだっているのが目に付いた。どこを歩いても、皆そんな様子である。幸せそうなのはいいことだが、城内揃って、しかも女だけというのは不可解でならなかった。

「一体、皆さんは何を楽しそうにしているのですか?」
「城下で星占いが流行しているんですよ。侍女の間でも、それはもう大人気でして」
「星占いですか……」
 キルスケルトお付きの侍女であるスーシャの話によると、生まれた月日によって守護星というものがあるらしい。その守護星によって性格がわかったり、人同士の相性が出てくるらしく、片思いの相手や恋人との相性はどうなのかしらと、乙女達は期待に胸を膨らませるのだ。いかにも女の子が好みそうなものだ。
「殿下の守護星もお調べいたしますよ」
「え、僕のですか?」
 キルスケルトが慌てるのをよそに、スーシャはエプロンから小さな本を取り出した。常に携帯していることに、キルスケルトは少し驚きもしたし、感心もした。それだけ人気があるということなのだろう。暇な時間を見つけて、読んでいるのかもしれない。
「殿下のご生誕日は、銀竜節の4日でしたね。えーと……守護星は、碧月アステリアです」
「はぁ……」
 そう言われても、キルスケルトはそういうことにあまり詳しくはないため、ちんぷんかんぷんだ。アステリアは知っているが、だからどうなんだという具合である。ぽかんとしているキルスケルトに、スーシャはその先を読んで聞かせた。
「碧月アステリアを守護星に持つ人の性格は、大胆さと繊細さを兼ね備えた、心を重んじるタイプですって。殿下の性格の通りですね。あ、相性のいいのは白珠星マロゥって、私なんですよ。私と殿下の相性はバッチリですよ」
 アステリアと性格の関連性はイマイチ理解できなかったが、とりあえず、自分と彼女の相性はいいということはわかった。そうなると、相性の気になる相手がキルスケルトの頭の中にポンと浮かび上がる。
(フォディンと僕って、どうなんだろう……)
 聞いてみようと思ったが、如何せんフォディンの誕生日がわからない。来た時に訊いてみよう。すっかりキルスケルトも巻き込まれていた。



「食べないんですか?」
「そういう甘いモンは嫌いなんだよ」
 キルスケルトの部屋でソワソワしているフォディンに茶菓子を勧めてみたが、うんざりしたような顔をされてしまった。フォディンは何度もここへ来ているはずだが、今日は何かひどく態度が違う。
「あの……どうしたんですか?」
 そろそろと様子を窺ってみると、フォディンは心底嫌そうな深い溜め息をつき、そのままキルスケルトの背後を指差した。
「なんで俺がそいつに睨まれ続けなきゃなんねーんだ?」
「え?」
 キルスケルトは慌てて振り返る。背後にはスーシャが立っており、キルスケルトを見て微笑み返した。戻ってフォディンを見ると、王子さんが見る時だけ表情を変えるな!とフォディンが激昂する。2人の間でバトルが繰り広げられているということが、勘のいいキルスケルトはよくわかった。
「そもそもこんな奴にいられちゃ落ち着かねぇだろが」
「こ、こんな奴って……無礼な!私は殿下に……!!」
「悪いな。俺、あんたの名前知らねーし」
「殿下!この野蛮な傭兵をどうして雇ったりなどしたのですか!?人に指を差すし、言葉遣いは乱暴だし、行動も粗野で、殿下まで誤解されてしまいます!!」
 スーシャは髪を逆立てんばかりに怒っている。フォディンは別にスーシャが嫌いでも何でもなく、普通にしか思っていないのだが、スーシャはフォディンを相当毛嫌いしているようだ。ここまで正面切って罵倒されたことは初めてで、フォディンは怒るよりも先に感心してしまった。
「スーシャ、フォディンに失礼ですよ」
「失礼は承知しております!」
「開き直ってんのかよ……」
 キルスケルトにとって、スーシャもフォディンも大切な人物である。それなのに、その2人の仲が悪いというのは、とても心の痛くなるようなことだ。仲良くしてほしいと思うのは勿論だが、とりあえず、どう思っててもいいから表面上だけでも取り繕ってくれないかなと思った。不穏な空気は、精神衛生上あまりよろしくない。
「そうだ。スーシャ、今度フォディンに護衛してもらってみてはどうですか?交流が深まれば……」
「バカかお前。俺はお前の護衛をやってんだぞ?なんでこのねーちゃんの護衛をしなきゃならねーんだよ」
 折角持ち上げようとしたのに、フォディンが思いっきり突き落とした。キルスケルトは、ちっとも自分の気持ちをくみ取ってくれないフォディンに溜め息をついた。否、つこうとしたのだが、その時背後で異様な気配を感じたため、吐く息を吸い込んでしまった。
「で、殿下にバカ……不敬罪で処刑されておしまい!この下賤者!!」
 スーシャの鋭い声がしたと思った瞬間、キルスケルトの頬を何かがかすめていった。フォディンがすかさずかわしたそれは、その先にある壁に音を立てて埋まった。……指弾だ。壁に埋まったそれを見たフォディンの顔は、どうしても引きつってしまう。彼にしても予想外だったようだ。
「こえぇ……そんなモン出してくるなよ……」
「こんな者を放ってはおけません!殿下!お許しを!!」
「スーシャ!お許しをじゃありません!!」
 まさかスーシャが暗器まで出してくると思ってもいなかったキルスケルトは、立ち上がってスーシャに振り返った。厳しい顔をするキルスケルトに、怒れる鬼神のような顔をしていたスーシャは途端におとなしくなって頭を垂れた。
「……申し訳ございません……」
「こんな激情女が、よく王子さんの侍女やってられるな」
 壁に埋まった指弾を回収に行くスーシャを尻目に、フォディンは感心深げに呟いた。彼女は侍女としての役割だけでなく、キルスケルトの護衛もしているのだろう。それでいて、こんなに感情の起伏が激しかったら危険なのではないかと、フォディンは長年の経験からして思う。
「スーシャのあんなところは初めて見ました。僕も驚いています」
「俺、本当に嫌われてるんだな」
「そんなことないですよ。スーシャはただちょっと照れているだけで……」
「やめとけ王子さん。それ以上言うな。俺の後ろで殺気を感じる」
 突き刺さるような闇色のオーラを背後で感じ、フォディンはキルスケルトの言葉を途中でやめさせる。フォディンに対してのフォローにはなっているが、スーシャを奈落に落としている気がした。その言葉は。
「後ろの侍女と俺は相成れねぇ宿命なんだ。相性が悪いんだよ」
「その意見には、私も同意いたします。この野蛮な傭兵と同じ空間にいることが非常に苦痛です」
「スーシャ、少し言葉に気をつけてください。……そうだ。フォディンの誕生日っていつですか?」
 すっかり忘れていた。それを聞いてスーシャに星占いを調べてもらう為に、キルスケルトはフォディンを部屋に呼んだのだ。フォディンは、キルスケルトの問いに少しだけ変な顔をしたが、遠い昔を思い出すかのように天井を見上げる。
「誕生日なんて言葉自体、久しぶりに聞いたぜ。いつだったかな……」
「そもそも、フォディンって何歳なんですか?」
「いちいち覚えてねーからなぁ。25か6か7……そのくらいだと思うんだが」
 アバウト過ぎて、キルスケルトから苦笑が漏れる。市井の者達は、みんなフォディンのように自分の年のことなどあまり気に留めないものなのだろうかと疑問に思った。キルスケルトは、毎年盛大な誕生パーティを第何回とまで付けて開かれるので、忘れようにも忘れられない。祝われるのは嬉しいので、フォディンの誕生日になったら祝ってあげようと、こっそり思った。
「んーと……あぁ、そうだそうだ。銀竜節の4日」
「えーっ!僕と同じじゃないですか!」
 思わずキルスケルトの口から驚きの言葉が突いて出た。自分とフォディンの誕生日が同じだなんて、毛ほどにも思っていなかったのである。なんという偶然であろうか。興奮気味のキルスケルトに対し、フォディンは至極あっさりした様子だ。誕生日というもの自体、彼にはどうでもいいものなのだろう。
「あん?そうなのか?ふーん……で?」
「大胆さと繊細さを兼ね備えた心を重んじる性格なんだそうですよ。フォディンの性格そのままですね」
「どこが……っっ!?」
 悲鳴のような声をあげたスーシャだったが、はっと我に返って口を閉ざす。ここでの否定は、星占い自体の否定になってしまうと気づいたらしい。唇をわなわなと震わせつつ、「ありえない」とキルスケルトに目で訴えていた。
「おい、なんだそりゃ?その性格云々」
「今、城下で星占いが流行ってるんだそうです。誕生日からわかるみたいで、僕の守護星をスーシャが教えてくれたんです。それで、僕とフォディンの相性はどうなのかと思ったんですよ」
 同じ守護星同士の相性はどうなのかとスーシャに尋ねてみると、スーシャは無言のまま星占いの本をキルスケルトに手渡した。どことなくスーシャの顔が青ざめている。
「えー……と……あ、あった。お互いを高め合う良い相性と書いていますよ」
「ふーん……。ま、いいに越したことはねぇな」
 星占いなんて胡散臭いなと思ったフォディンは、適当に相づちを打つ。嬉しそうにしているキルスケルトに、わざわざ水を差すまでもないだろう。要は、本人が満足すればいいわけだ。
「……わ、私、絶対に認めませんっ!こんな野蛮なものが殿下と同じだなんて!野蛮な傭兵!偽るのはおよしなさい!!」
 先程フォディンに文句を言ったばかりだったのに、突然叫びながら、スーシャはフォディンを思いっきり指差した。振り返ったフォディンが、スーシャの形相にギョッとする。別に選んで生まれたわけではないのにと、フォディンはとても不条理な気分を味わった。
「お、おいお前。たかだか星占いでムキになるなよ。んじゃ、俺の誕生日変えてやるよ。赤竜節の8日でどうだ?」
「……それも同じですね。碧月アステリアですから」
「なら紫竜節の24日」
「……それも同じですよ」
 フォディンが言うと、キルスケルトが本を調べる。フォディンが適当に思いついた日にちを言っていくのだが、みんな守護星が碧月アステリアだった。キルスケルトは、あまり守護星の種類はないのだろうかと思い、説明の箇所を見てみると30種類くらいあった。10分の1程度の確率だが、凄い的中率だなと感心してしまう。
「本当に、フォディンの守護星はアステリアのようですね」
 スーシャはどうしてそんなになるのかと不思議に思うくらい、がっくりとうなだれてしまっている。フォディンはちらりとキルスケルトを窺ってみるが、何の反応も示していない。フォディンの方が彼女のことを心配していた。
「おい、大丈夫か?お前……」
「スーシャ」
「は、はい」
 姿勢を正したスーシャに、キルスケルトは彼女を労るような優しげな笑みを浮かべてみせる。スーシャは、その美しさに少しだけ頬を赤らめた。
「フォディンと僕が同じって事は、フォディンとスーシャの相性もいいって事ですよね。なら……仲良くできますよね?」
「王子さん、それ止め刺してるだろ……」
 天使の如くにっこりと微笑むキルスケルトに、フォディンはキルスケルトの底意地の悪さを改めて思い知らされる。そして、それと同時に、自分に向けられたものじゃなくて良かったと、しみじみ思ったのだった。

FIN.