いつものように城下の街へ下りて、買い食いしまくるキルスケルトと護衛(下僕?)の フォディン。今日は少しばかり毛色を変えて、街の外れにある小さな森へと足を伸ばした。 キルスケルトは遠乗りで来たことはあったらしいが、直に歩いたことはないらしい。 何度も根に足を取られて転びそうになるところを、フォディンが腕を掴んでやっていた。
 それで、これだ。

「はぁ?」
 キルスケルトの申し出に、フォディンは思いっきり眉をひそめた。そのおかげで凶悪な 面構えになるが、キルスケルトは怯えるどころかにっこりと微笑み返す。
「僕が木登りしちゃダメなんですか?」
「ダメじゃねぇけどさ、さっきからすっ転びそうになって…運動神経ねぇだろ。やめた方がいいぜ」
「あ、傷つくことを言いますね」
「このくらいでお前が傷ついてたらな、俺は今頃涙に明け暮れてらぁ」
 キルスケルトから「単純で羨ましい」だとか「頭を使うことがないでしょう」などと、 散々言われているのだ。それに比べれば、自分の言動などキルスケルトにとっちゃ蚊に 刺されるようなものだ…と、フォディンは確信している。
「お前なら絶対…落ちるぞ」
「じゃあちょうどいいじゃないですか。落ちて喜ぶ人がいるんですから」
「をい」
 そんなことを平気で言われると、随分と慣れているフォディンでも一瞬ドキリとする。 命のやり取りをする身を置いてる者としては、あまり軽々しくそんなことを言って欲しくないというのが本音だ。が、言いたくなる気持ちもわからないわけではなく、非常に複雑な気持ちになる。
「早く登りましょうよ」
「登りましょうよじゃなくてさ、そんなピラピラの服で登れんのか?」
「…この服だと危険ですか?」
 フォディンは溜め息をつくと、こっくりとうなずいてみせる。普段用の軽装とは言え、今のキルスケルトの服はあまり腕は伸ばせないような作りだ。枝に手を伸ばした時に、ビリッといってしまうかもしれない。
「汚くなって帰ってきたら、また俺のせいにされるんだぞ。俺の身になってみろ」
「フォディンが悪くないのなら、気にしなければいいのですよ」
「…………」
 何なんだ、この屁理屈は。
「ったく、知らねぇからな」
 観念したフォディンは、キルスケルトを肩車してやる。 それだけでも、キルスケルトは嬉しそうにはしゃいでいた。こういうところは、本当にただの子供にしか感じられないのだが、環境というものは恐ろしい。
「枝に手が届きません~」
「んなもん届くわけねぇに決まってんだろ。肩の上で立てって」
「えっ!?…は、はぁ……」
 及び腰になりながら、キルスケルトは幹に掴まって立ち上がる。 そうして手を伸ばしてみるが、最大限に伸ばしてもあとちょっとのところで届かない。
「フォディン、背伸びしてください。あとちょっとなんです」
「こ、このガキ……」
「何か言いましたか?」
「いいえ」
 こめかみをヒクつかせながら、フォディンはそれでも律儀に背伸びをしてやる。 が、それでも届かなない。散々文句を垂れつつ、フォディンは手の平にキルスケルトの足を載せ、ぐっと上へと持ち上げる。
「これでどうだ?」
「あ!届きました!」
「さっさと登れよ。重てぇんだぞ!……ん?」
 キルスケルトを見上げていたフォディンは、不意に訪れた背中に突き刺さる視線を感じ、表情を強張らせた。彼には随分と馴染みのある、殺気を孕んだそれ、だ。
 刺客でもやって来たか……。すぐさま腰の剣に手を回そうとしたが、両手はキルスケルトの足を掴んでいる。このままでは黙って斬り殺されてしまう。勿論、そんな親切な真似をするつもりは、ない。
「おい、早く登れ!」
「そんなこと言われても、手が滑って……」
「く~~~~っ!死ぬ気で登れ!このクソガキぃっ!!」
 腹の底から怒鳴ったかと思うと、フォディンはキルスケルトから手を、離した。 キルスケルトの短い悲鳴に目もくれず、剣を抜き、振り返りざまに振るう。
 響き渡る、剣のぶつかり合う音。
あれだけの隙を見せた割に、この程度ということは、それ程大したことはない輩だろう。 まぁ、大したことのない刺客しかお目にかかったためしはないのだが……。
「いつもいつもご苦労なことで!」
 容赦などするわけもなく、フォディンは的確に刺客の急所を狙う。何度か剣の交わる音と 男の断末魔の声が耳を打ち、枝の上に座ることのできたキルスケルトは痛々しげな顔をした。
こんなことは慣れているが、慣れたく、ない。
「おーい、ちゃんと登れたかー?」
 息も切らした様子もなく問いかけるフォディン。 その顔は今人を斬ったばかりとは思えぬほど、飄々としている。 ……こういう面を見ると、いつもはおバカさんだな~と思っているフォディンが怖く感じる。
 慣れているのだ。自分は慣れたくないと思っている断末魔の声、人を手にかけるということ。 キルスケルトが一番自分から遠ざけたいと思うことを、フォディンが生業にしている……。
「王子さーん」
「は、はい。ちゃんと登れましたよ。でもひどいですね。急に手を離されて、落ちるかと思いました」
 先程の表情を一瞬の間に消し、キルスケルトはフォディンにふくれっ面を見せる。が、 フォディンは「お前が悪いんだ」と悪びれずに言うだけだった。地に倒れている絶命した 刺客達に視線を落とすと、足で木から離れたところに転がしていく。
「フォディン……」
「はん?」
「フォディンはどうして傭兵になろうと思ったのですか?」
「何だよいきなり」
 見上げれば、キルスケルトは真剣な眼差しで見つめている。 珍しい顔をするもんだな、と心の中で思いながら、フォディンは小さな苦笑を浮かべた。
「金」
「お金?」
「あぁ。俺には病気の妹がいたんだ。薬代を稼ぐためってわけよ。ぼったくりか?ってな値段だったからな」
 一カ月分の薬で、父親の稼ぎのほとんどが失われてしまっていたのだ。
 短期間に高額の金を得る仕事というと、自然と職種は狭められた。
 そして、中でも一番高収入だった傭兵の道を、フォディンは選んだのである。
「それで…妹さんは元気になったんですか?」
「死んだよ。お前の依頼を受けるちょっと前に」
 思わずキルスケルトは絶句した。もし、もっと早くフォディンに護衛の話を持ちかけていたら、 契約金でもっといい薬が買え、妹は助かったのではないか?そんな仮定が胸をよぎる。
「俺の話なんか聞いてもつまんないだろ?早く帰って報告するぞ。降りてこい」
「……………」
 返事もなく、キルスケルトはフォディンに顔を見せないようにうつむいていた。降りようという動きもない。
「どうした?」
「降りられません……」
「は?」
「降り方がわからないんです!」
「な、なに怒ってんだ?」
 怒鳴られて、フォディンは目を白黒させる。怒らせるようなことをした覚えはない。 さっきから態度がころころ変わるキルスケルトについていけず、どうしていいものか困ってしまった。
「しゃーねーな。下で受け止めてやるから飛び降りろ」
「え……っ」
「え…じゃねぇよ。お前自分で降りられねぇだろ?とっとと飛び降りろ。じゃなきゃ置いて帰るぞ」
 フォディンは木の下で両腕を広げて待っている。今飛び降りたら、きっとフォディンにバカにされる。それが嫌でキルスケルトは躊躇っていたが、優しかった言葉がだんだん罵詈雑言になってきたため、覚悟を決めて飛び降りた。
「いってぇ………おい、泣いてんのか?」
 受け止めた衝撃で、しりもちをついてしまったフォディンは、キルスケルトが泣いていることに気付いて大きく目を見張った。キルスケルトは袖で涙を拭っているが、溢れてくる涙は止まらない。
「もっと早くにフォディンと会っていたら……」
「バーカ。もう過ぎちまったことなんだ。お前が泣くようなことじゃねぇだろ?男のクセしてメソメソしやがって……やっぱりまだガキだなぁ~」
 口ではそんな悪態をつきながらも、キルスケルトの髪をくしゃくしゃにしながら 撫でてやるフォディンの手は、とても温かく、優しかった。

FIN.