いつ死んでもおかしくないのに、よく生きているよなぁ…と、フォディンは思う。 フォディンの心中を知らず、隣をのんびり歩いている少年はフォディンを見上げると、 不思議そうに首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いんや。あんたが世継ぎだっつーのを不思議に思っただけさ」
「悪運だけは強いようですからね」
 にっこり微笑む少年に、フォディンは呆れた溜め息をつく。
 少年……キルスケルトは、いつ死んでもおかしくないと言っても、体が悪いわけではない。健康そのものだ。身体は健康そのものだが、あいにくと環境が不健康だった。
 健康ながら、常に死と隣り合わせ。
 そのココロは、「命を狙われている」。
 キルスケルトは、現国王と王妃の間に生まれた、第一位王位継承権を持つ王子である。 国王が退位すれば、座っているだけでキルスケルトが次期国王になるわけである。
 が、それを良しとしない者は数多い。キルスケルトの腹違いの弟、ミディアルスを次期国王に就かせようとする者が、あの手この手を使ってキルスケルトを亡き者にしようとしているわけだ。
 誰がそうしようとしているかなんていうのは、とうの昔にわかっている。キルスケルトが王位に就けば失脚し、ミディアルスが就けば多大な権力を握れる者……それ以外に誰がいるというのか。
「そこの蒸かし饅頭をいただきましょうか」
「ったく、来たら食ってばっかだな……。それよか、いいのか?こんなとこでたらふく食っちまって」
「いいんですよ。城の食事なんて、危なくて食べられませんから」
 毒味の者が、血泡を吹いて倒れたのを見たのは数知れず。最近では、遅効性の毒というのもあるようなので、本当に危なくて食べられたものではない。
「だからってよ……こんな城下に出た方が危ないんじゃねぇの?」
「そのためにあなたがいるんじゃないですか?」
 逆に疑問系で問い返され、フォディンは言葉に詰まってしまう。
 確かに護衛としてフォディンは雇われている。が、近衛兵だとかいうような、大層な身分ではない。この世にごまんと溢れている、傭兵の1人だった。
このようにして街を歩いていたキルスケルトにスカウトされたのである。
「そ、そりゃそうだけどよ……」
「僕だって、育ち盛りなんですからお腹いっぱい食べたいんですよ」
 キルスケルトは、自分の身を守るための手段を得るために、逆手を取って、どうやったら自分を殺せるかを、何百通りも考えた。
 例えば、食事に毒を混ぜるとしたら、どこに入れるか。部屋のカップ、紅茶の葉、茶菓子、考えたらきりがない。至る所に危険が潜んでいる。
 だから、こうして城下に出て自分で買った方が、数倍も安全なのだ。
「おいくらでしたか?」
 小走りで戻ってくるフォディンから饅頭を受け取り、キルスケルトは嬉しそうに饅頭を頬ばった。こういうところは、そこらの市井の子供とあまり変わりなく見える。
「饅頭か?3アドレーだったけど」
「違いますよ。僕の命ですって。5000万アドレーと小耳に挟んだんですが」
「はぁっ?」
 とんでもないことを、にっこりと笑いながら尋ねるキルスケルトに、フォディンは目が点になった。それからすぐに、彼の顔がざっと青ざめた。片手に残っていた饅頭を落としてしまい、キルスケルトが非難の声をあげる。
「し、知ってたのか……!?」
 護衛の契約をしてから数日後、10倍出すから、人気のないところで殺してくれ。捕まってもすぐ逃げられるよう、ちゃんと手は回しておくから……と話を持ちかけられたのだ。
 それを知っていて、この王子様は黙って隙だらけにしていたというのか!?
 目を白黒させるフォディンに、キルスケルトは小さく笑いながら肩をすくめた。
「あなたは本当に嘘や隠し事が苦手なようですね。カマをかけてみただけだったんですが。まぁ、そういう方だから僕も雇ったんですけど」
「は?」
「まさか、本当に話があったとは……。あちらも、人選間違ってますよねぇ。殺そうと思ったら、あなたじゃ顔に出てしまうでしょう?」
 さっさと饅頭を胃袋に収めたキルスケルトは、ニコニコしながら歩き出した。呆然としたまま、一向に歩き出さないフォディンに振り返ると、かわいらしく首を傾げる。
「どうしたんです?次は、あちらの焼き菓子屋さんですよ」 
「あ、あは、はははは」
 ……絶対この王子様、食えないヤツだ。
 甘やかされて、ワガママし放題のおぼっちゃまとはわけが違う。贔屓目に見ているわけではなく、人を見る目、真偽を見極める目は、この年にしては大したものだとフォディンは思う。さぞかし立派な王様になれるに違いない。
 だが。
 絶対こいつは俺をからかって遊んでやがる。子供の皮をかぶった悪魔かもしれない。
「フォディン!早く来て下さいよー」
  でも、無邪気なところを見てしまうと、嫌いになりきれないという、優しいというか、お人好しなフォディンなのであった。


 10年後、このフォディンが「王の盾」と呼ばれる程の剣士になるのだが、王の遊び道具に変わりなかったのは、言うまでもない……。


FIN.