晴れ渡る空がとても遠い。
 街路樹はみんな葉が落ち、この寒さを切々と訴えているようだ。 ……隆也は裸になった街路樹を眺め、気温の低さを呪った。

「さ~む~い~~~~~」
「寒いんだったら、ちゃんと厚着すればいいじゃないですか」
「俺はな、冬は守備範囲外なんだ」

 さっぱり訳の分からない言い訳である。訳が分からないというよりも、言ってることが意味不明だ。
 隆也は、右京に抱かれている優翠を見つめて深々と溜息をつく。
 吐き出される盛大な白い息は、怪獣の吐く炎といい勝負だ。

「あのさ、こんな寒いのに連れ出したりなんかしていいのか?カゼ引くんじゃねぇの?」
「兄さん基準に考えないでください。今日なんてそんなに寒くないですよ」

 寒暖の感触を客観的に見ろというのも無茶な話だが、確かにまわりを散歩していたりする人々は、 セーター1枚だとか、上着を着ていても薄手の物だ。
 それに比べると、優翠はちょっとだけ厚着だ。きっちり毛糸の帽子をかぶせられ、耳までしっかりカバーされている。着ている物も、外出用なのはもちろんだが、厳寒期の一歩手前のような服だ。 さっきまではきゃぱきゃぱ元気良くやっていたが、疲れたのかすやすや眠っている。

「いろいろ刺激のあった方が肌が強くなるんです」
「あっそぉ。それはわかったけど、なんで俺まで巻き添えくらわなきゃいけねぇのよ?」
「この後夕飯の買い物に行きます。赤ちゃん抱いて買い物は大変ですからね」
「つまり俺は、荷物係ね……」
「そうです」

 はっきりきっぱりと言われ、隆也は返す言葉もない。てくてく歩いていく右京の少し後ろを、隆也はやれやれというように付いていった。

「……なーうきょぉー」
「はい?」

 振り返った右京をまじまじと見つめ、隆也は思わず本心を口にした……
 否、してしまった。

「お前…生まれてくる性別、間違ったんじゃねぇ?」
「……なんですって?」

 今まで微笑みを浮かべていたというのに、右京は一切の表情をなくし、隆也に詰め寄った。め、目が据わってる。まさか右京がここまで怒るとは思ってなかった隆也は、あまりの怖さに、じりじりと後ずさった。
 そうだ。右京はよく女に間違われる。そして、ナンパもされる。このテのことは、右京の逆鱗に触れたのだ。後悔したってもう遅い。今日の夕飯は抜きだろう。

「冗談だって!冗談ですからそんな怒るなよ……」
「何を考えてるんですか!優翠君を引き取るって言ったのに何もしないから、 僕がやってるんじゃないですか!それを……!」
「う、右京君落ち着いて……」

「あら~かわいい赤ちゃんねぇ……」

 激怒しまくっている右京と、おろおろしてなだめる隆也の間に、温厚そうな老婦人が乱入してきた。はっとして右京は黙り、隆也も素早く老婦人に背を向ける。

「お名前はなんて言うの?」
「優翠です、けど……」
「うすいちゃん?あらあらおねむなのねぇ……鼻のあたりがお母さんに似てるわね。口元はお父さんかしら」
「おっ、かっ……!」

 右京は声が裏返りそうになって、ぐっと衝撃をこらえた。しかし、その衝撃はこらえきれずに、隆也に向けられた。笑いをこらえて肩を震わせる隆也の向こうずねを、思いっきり蹴ってやる。ぎゃっと声をあげて、隆也はその場にうずくまった。

「お、お前ぇぇ~~」
「悪いのはそっちですよ!」
「まぁまぁ。ここは私の顔に免じて、お母さん。お父さんのこと赦してあげてちょうだいな」
「は、はぁ……」

 しわくちゃな顔を、更にしわくちゃにして、老婦人はにっこりと微笑んだ。本来なら、すぐにでも誤解を解くべきなのだろうが、あまりにショッキングすぎて、右京は説明する頭がない。

「かわいい赤ちゃんなんだから、2人とも仲良くしなきゃダメよ~」

 そう言って、老婦人は混乱を残して風と共に去っていった。あとに残るは愕然とした右京と、やっぱり向こうずねを押さえてうずくまっている隆也。

「お、お母…さん……そんなに…僕って……」
「やっぱり、お前って間違ってんだわ。俺は元からお父さんだもんなー。そりゃそうだぜ」

 ようやく復活した隆也が、飄々とした顔で鼻を鳴らす。バカにしたような隆也を怒る気力も失ったのか、右京は優翠をぎゅっと抱きしめてとぼとぼとスーパーに向かって歩き出した。

「お母さん待って~~vv」
「…………それ以上言うと、殴りますよ……」

 地獄の底からでも響いてきたような右京の低い唸りに、隆也は怖がるどころかやたらとニコニコだった。余程嬉しかったのだろう。何が嬉しいのかはよくわからないが。

「右京ママ~~!」


 ……しかし、そんなニコニコな隆也は、自分が右京と夫婦であると思われていることには気付いていなかった……。

FIN.